これは、あなたにとって何なのですか? だれもあなたに彼らの愛情表現を信奉してくれとは言っていません。しかしその愛を、人間として、あなたは、祝福しなくてよいのですか? 世界はもうじゅうぶんに不毛なのに。
そして なんしゅうかんも
なんにちも 
なんじかんも かけて
じぶんのへやの その夜にもどってきた 
そこにはちゃんと ゆうごはんが おいてあって
まだ ほかほかと あたたかかった
「国は、もう少し時間がたてば、私たちがみな年をとって身動きできなくなって、拉致など忘れられると考えているのではないかとさえ思ってしまう」
自分の言動が他人に対して影響力があるのだということを確認したくて仕方がない人、というのは確かにいる。
「私が生きていている」というだけで幸せにできる人(夫や娘)がいたではありませんか。
それだけで、悩んでいるときの私にも、十分生きている価値があったのです。
「初めてひとりで電車に乗って学校へ行って、教室でも弁当もひとりで過ごして、誰もいない家に帰って夜9時まで親が帰るのを待つ。この4日間、どのくらい淋しかったと思う?」
刑罰で脅されてまで、音楽CDを買いたくはない。
ジンバブエほど酷いことにならないとしても、経済が傾くというのはどういうことか、その一端をハラレで見ることができます。福祉や教育は真っ先に壊れてしまう。新しいものは生まれなくなる。生活に精一杯で深い思索は減る。それで心豊かにいられるでしょうか。
でもそれはほんとうはつまらないことなのだ。誰かの要求にあわせて作文を刈りこむなんて、書く意味があることとないことをふるいわけるなんて、所定の枚数にきれいにおさめるなんて。思いついたことは思いついた順に全部書けばいいんだけどな、と思う。
いずれにせよこれからの時代、自分がどう「世界」を見渡していくのか、
というのは極めて重要な課題ではないでしょうか。
明確な、例えば「解」のような「世界観」が、どこかに提示されているわけではありません。
いずれそれが現れるにせよ、そうでないにせよ、自分なりの価値基準は必要です。